日時:2026年10月23日(金)16:30~19:00(終了予定)
講師:アーティスト 笹川 治子氏
定員:20名(先着順)
参加費:¥3,000(ワンドリンク付き美術館鑑賞チケット)
会場:軽井沢安東美術館1F サロン ル ダミエ / 展示室
※本チケットで学芸員の解説及び笹川氏のレクチャーにもご参加いただけます。
※参加ご希望の方は、事前にお申込みください
[講師プロフィール]
アーティスト 笹川 治子(ささかわ はるこ)
主に「描く」ことと「記憶」をテーマに、リサーチを交えさまざまな素材を使用し作品制作、展覧会企画も行う。2016 年東京藝術大学 大学院美術研究科 先端芸術表現領域 博士課程 修了後、文化庁新進芸術家海外研修(短期) でドイツに滞在。主な展覧会に2015年「戦争画STUDIES」東京都美術館/東京、2018年「1940‘s フジタ・トリビュート」 東京藝術大学大学美術館 陳列館/東京、2023年個展「笹川治子〈中村研一作品とともに〉 届けられた色」小金井市立はけの森美術館/東京、2025年「藤田嗣治 × 国吉康雄 二人のパラレル・キャリア ― 百年目の再会」兵庫県立美術館/兵庫。
[展覧会概要]
生誕140周年記念企画「ニューヨークの藤田嗣治」
会期:~
第二次世界大戦後、「民主主義への転換」と「表現の自由の獲得」を理念に掲げる美術団体の設⽴が相次ぐなか、戦時下に作戦記録画を描いたことが理由で「戦争協⼒者」と見なされ、画壇での居場所を失いつつあった藤田嗣治(1886-1968)は、自由な創作を求めて⽇本を去ることを決意します。1949年3月、⽇本を後にした藤⽥が最初に向かったのは、パリではなくニューヨークでした。彼の念願であった⽇本からパリへの直接渡航は叶わず、まずは渡⽶したうえで、最終的にパリに戻るルートをとったといわれています。いずれにせよ藤⽥が⽇本を去ることを決断してから、すでに約3年の月日が流れていました。
⽇本を⾶び出した藤⽥が求めたのは、「萬世不滅の傑作」を後世に残すことでした。ニューヨークでは、⽇本とは異なる解放感や豊富な画材に囲まれ、新たなモチーフや技法に挑戦しながら、制作活動に没頭していきます。ニューヨークでの約半年間の成果を発表した、マシアス・コモール画廊(Mathias Komor Gallery)での個展(1949年11⽉10⽇〜26⽇)は、予想以上の成功を収め、画家「Foujita」の才能を改めてニューヨークの美術界に示しました。この個展は、欧米のアートシーンにおいて自身の存在感を依然として示せたこと、また最終⽬的地であるパリへの渡航を確かなものにしたという点で、画家にとって極めて重要な意味をもったといえるでしょう。このニューヨーク滞在は、彼のその後の創作に明らかに影響を及ぼすことになりました。
軽井沢安東美術館は、この1949年に制作された傑作《猫の教室》をはじめ、ニューヨークの個展に出品されたと考えられるいくつかの重要な作品を所蔵しています。本展では、⽣誕140周年企画「ニューヨークの藤⽥嗣治」と題し、藤田作品を多数収蔵するポーラ美術館や目黒区美術館の協力を得て、ニューヨークで制作された作品を中⼼に、戦後の東京からニューヨーク、そしてパリへ再び戻るまでの藤⽥の活動をご紹介します。1949 年の個展のみならず、ニューヨークへ旅⽴つ前の作品や再びパリに渡った後の作品にも⽬を向けながら、藤⽥の画⾵の連続性や変化を探ります。